母は「世間体が保たれる程度の幸せ」を子どもに望んでいたのかもしれない

大学受験の朝、起きたら母はすでに出かけていた。

どこに行っていたかはわからない。

 

でも試験前日は何も言っていなかったから、私はお弁当を作ってもらえるものだと思っていた。

食卓には朝ごはんも用意されてなくて、500円玉だけがポンと置かれていた。

 

どんよりとした曇り空で、誰にも見送られず家を出て試験に向かった。

 

これは意地悪とは言えないかもしれないけれど・・・.

ずっと心の中で引っかかっていた。

たぶん試験当日の朝に母が不在であること、お弁当を作れないことを言われていれば、なんとも思わなかった。

(でも私なら、子どもの大事な日は朝早く起きてお弁当を作ってやりたい)

 

なんとなく・・・

「大学受験を応援されていないんじゃないか?」

という気がした。

 

だからと言って私が浪人することを母が望んでいるわけではなかったけれど、

100%の成功は望まれていなかったような気がする。

 

「自分(母)はあまり幸せではないのに、娘がすごく幸せになるのは歓迎できない。母に迷惑をかけない程度に、世間体を保てる程度に成功してほしい。」

いつもそんな感じがしていた。

気のせいだと思いたいけれど。

 

 

友人(女性)からこんな話を聞いた。

 

友人の父親はしょっちゅう浮気をしていた。

そのせいもあって母親の精神状態は常に不安定で、そのことが友人の大きな悩みだった。

 

友人の父親は浮気はするけれど、娘である友人のことは溺愛していた。

友人の父親は友人を様々な場所に連れて行った。

出張に行く度にお土産を友人に買ってくる。

 

でも妻(友人の母)には一切お土産を買ってこない。

 

ある時、友人の母親は

「そのお土産を私(母親)に渡しなさい」

と友人に迫った。

私(母親)がお土産をもらえないのに、あなた(友人)がもらう権利はない、と。

 

友人からこの話を聞いてショックだった。

友人の母親は、娘のことをライバルと思っていた。

 

「父親の浮気」は家庭環境に悪い影響を与えるのは間違いないけれど、

それは浮気している本人たちが考えているより、ずっとずっと深刻だ。

 

 

その友人は、真面目でしっかりしていると同時に、どこかアンバランスで危うさもあった。

にこやかな反面、人に対する冷たさを感じることもあった。

 

その友人と一時期は親しくしていたけれど徐々に疎遠になってしまった。

お互いの性格の欠点が似ていたせいかもしれない。

 

友人も、家族に関して心に大きな葛藤を抱えていた。

そのことを大人になって、親になってどう対処したのかな・・・と思い出すことがある。

 

母に言いたいこと

心から応援してほしかった

 

 

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