
高校生になって英語が好きになった。
英語の成績はとてもよかった。
他に興味がなかった高校生の私は、大学に進学せず英語の専門学校に行きたかった。
でも
「英語は学問ではない。手段だ」
と父に言われ、大学に進学することにして受験勉強をはじめた。
成績はよかった。
自分なりに一生懸命勉強したし、成果が出るのが楽しかった。
このままいけば志望校に合格できそうだった。
でも高3の2学期になって、言いようのない倦怠感を感じるようになり、集中して勉強できなくなった。
気持ちは焦るのだけれど、机にむかっても内容が頭に入ってこない。
ただただボンヤリして、頭に霞がかかったよう。
好きだった英語さえやる気がおきない。
その状態を抜け出せないまま、受験を迎えた。
結果は散々。
でも浪人してもう1年頑張る気力はまったくない。
私は全く予定していなかった滑り止めの大学に進学した。
大学の入学式の日、なぜ私はここにいるのだろうと悲しかった。
悪い夢を見ているようだった。
大学の授業がはじまったら楽しくなるかもしれない、好きなことが勉強できるのだからと自分に言い聞かせた。
でも実際に授業が始まると、期待していた授業内容ではなく落胆。
私は急速に授業にも大学にも興味をなくした。
大学の4年間はほとんど何も身に付かなかった。
自分の居場所はここじゃない、という意識があったから、大学ではごくわずかな友人・知人しかできなかった。
最近まで
「大学受験に失敗したこと」
そして
「その後も軌道修正できなかったこと」
を、単に自分の怠慢と能力の欠如だと思っていた。
たしかに自分の頑張りや計画性が足りなかったことは認めないといけない。
それは今でも思う。
でも受験当時を振り返ると、家庭が荒れていて家にいても気が休まらなかった。
いつも両親がケンカしていた。
塾から帰ると私はいつも夕飯を1人で食べていた。
父も母も家にいないことも多く、子どもにはそれほど関心がなかったようだ。
たわいもない話をしながら受験勉強のグチを聞いてもらったり、励ましたりしてほしかったと思う。
そういった当時の家庭環境が、突然の倦怠感につながったのではないかと今では思っている。
私が高3の2学期からほとんど勉強できないような状態になったことも、もちろん両親は気づいていない。
ふつうの家庭だったら・・・
親が仲良くしていてくれたら・・・
自分の人生はちがったかもしれない。
大学受験の失敗を責めるのはもうやめよう。私は私なりに頑張ったよ。