
自分と両親との関係を考えようと思ったキッカケがいくつかある。
1つ目は、結婚して夫の家族を知ったこと。
結婚の挨拶をしにはじめて夫の実家を訪ねた時の、義父と義母の自然で温かい感じは今でも覚えている。
結婚してからも、育児や家事のサポートをしてくれる優しい義両親。
私は自分の実家に行くより、夫の実家に行く方が何倍も楽しく、気持ちもラクだ。
育児などで相談があると、自分の両親ではなく義母にしている。
夫の家族は、ひとことで表すと「自然体」。
お互い遠慮なく言いたいことは言うし、欠点がないわけではない。
だから時には些細なことでケンカしたり怒ったりすることもある。
でもいつの間にかまた元通り。
ケンカしたり怒ったりできるのは、お互い信頼感があるからだと思う。
だからといって必要以上に近いわけでもなく、ちょうどいい距離感があって、日々適度に連絡を取り合っている。
困った時はお互いを当然フォローするけれど、そこに損得勘定のようなものは一切ない。
残念なことに義父は他界し、現在は義母が一人暮らししている。
私の息子は、義母の家に遊びに行くのが大好きで、義母も息子を宝物だと言って大事にしてくれている。
夫の兄弟も、息子のことを本当に可愛がってくれる。
夫も夫の兄弟も、賢いうえに性格もいい。
こんな家庭で育ったら、それはそうだよね、と思う。
もう私はすっかり大人なのに、そんな家庭環境を心底うらやましいと思ってしまう。
妬ましく感じてしまう時もある。
親が年老いてくると、介護のことを考える。
夫と夫の兄弟は、当然親の面倒を見るつもりでいる。
たぶん兄弟で揉めることもなく、無理しすぎることもなく、お互いできることを協力しながら義母の面倒を見るのだろうなと思う。
私も手伝いたいと思う。
でも正直に書くと、私も私の妹たちも、両親の面倒を見る気はない。
多少は手助けするかもしれないけれど、自分の生活環境を変えてまでする気は全くない。
実は最近までそのことに罪悪感を持っていた。
でも子どもの頃の家庭環境がよかったら、当然「自分が親の面倒を見る」と思えたんじゃないかと思う。
だから両親には、
「自分が一人で生活できなくなったらどうするつもりか、ちゃんと考えてほしい」
と言っている。
これは暗に「面倒は見ないよ」と言っているのと同じ。
自分は冷たい人間だと思うけれど仕方がない。
「親と同居して面倒を見ることは絶対にできない。」
私のこの気持ちが、両親の育児の結果なのだろう。
だから介護をする気がない自分を責めることはやめる。
親ガチャって言葉はあまり好きではないけど・・・
育った環境で子どもの人生は大きく変わるのは間違いない。